環境問題とオリエンテーリング
2日の朝日新聞社会面に富士の青木ヶ原樹海が荒れている、という記事が載っていた。記事の内容は樹海の中に道しるべのひも(写真で見るにスズランテープ)がたくさん張り巡らされており、人が通った所は樹木の根がむき出しとなり、コケがなくなっている、生態系保護の観点から樹海立入をなんとかせないかん、というもの。
そもそもの問題は、青木ヶ原樹海はヒノキの原生林が残る特別保護区に指定されていて立入などが制限されているので、そういうエリアに勝手に立ち入る人がいるということ。多分ちゃんとしたOマップはないと思うのでのでオリエンテーリング目的で立ち入った人はいないだろうけど、いろんなアウトドア活動に興じる姿が目撃されているという。
私が危惧するのはこれから環境問題がますます重要視される中で、森に立ち入って遊ぶのはいかんなんて方向へ進んでしまったりしないだろうかということだ。正確にいうと森にだって地権者がいてその権利が最優先されるので、今だってどんな森でも許可を得なくてはいけないし、ダメと言われればそれに従うしかないのだけど、多くの場合は地主の方の寛大なお許しを得て私たちもオリエンテーリングを楽しんでいる。でもひとたびそういう方向へ進んでしまうと、うちの森にも入らないでということになったり、ましてそういう法律や条例ができちゃったりすると、もうこのスポーツというより多くのアウトドアスポーツは楽しめなくなってしまう。現実的に考えればそういうことはありえないことだけど、管理社会というか今の日本のちょっとおかしなところで、要らぬ心配だと思えない恐さがある。
ちゃんとしたデータは手元にないけど、森の中を多くの人が走る(歩く)こと自体で生じる自然破壊なんてのは実際は微々たるものだ。道路を作ったり宅地開発することのほうがよっぽど環境破壊になっちゃいるけど、そういう開発も必要があるからやっているのだろうから文句は言えない。実際私たちもそのおかげで森へ出かけるのが便利になっていたりもする。
でも今の環境問題っていうのは変なもので、そういうことよりも木が傷つけられたその姿を目の当たりにすると「どうにかしなきゃ」ってことになる。平気でトンネルを掘ったり、山を切り開く計画を立ててる人が、環境問題はなんたるやと語りだすのだからおかしなものだ。そういう人たちは無名の森の美しさを、そこの地形や植生がどれだけの時間をかけて作られてきたのかを知っているのかと聞きたい。なんだか愚痴っぽくなってきた。
心配するのは、自然の中を自由に走り回れるスポーツですってことだけでは、下手をすれば自然を破壊するスポーツとして認識されてしまうんじゃないかってことだ。それ以外の意義を見出しておくことは必要な準備なのではないかな、と。ナビゲーション技術を身につけるという学習効果はもちろん重要だ。でも森の中まで入らなくてもいいじゃない、と言われたらちょっと弱いかもしれない。例えば森の維持に役立つといったことはどうだろう。管理が行き届かない森の植生や林道の状況を把握できます、不法投棄の早期発見を促せますといったこと。オリエンテーリングがレンジャーの役割を果たします、といった感じ。そのへんはちゃんと研究していかないと納得はしてもらえないかもしれない。そういうことやっている学生はいないのかな(人任せ、でもやってみたいことでもある)。
とにかく今はできることからしていかなくちゃいけない。ゴミや残留物は残さない(むしろ他のゴミも拾って帰るくらい)、むやみやたらに樹木を傷つけない、そしてあいさつ。
こういうことを考えると、北欧の自然享受権(Allemansratten:森や湖など自然の中で自由に野外活動をしてよい。地権者もそれを特別な理由なしに制限できない)がいかに素晴らしい文化なのか、ということを改めて認識する。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)















