2014.12.12

全日本選手権2014 リレー

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12月7日に岐阜県で開催されたオリエンテーリングの全日本選手権リレー。静岡県代表チームは松澤-長縄-小泉の3人で走り優勝。静岡は男子選手権4連覇を達成(ちなみに僕は2連覇目から静岡チーム入り)。

3人ともいまいちコンディションは良くなく、競り合いの展開になったらまずいなぁと思ってたけど、3人とも崩れずまとめ、他チームのミスに助けられた印象。しかし4連覇を唯一すべて経験している長縄選手は毎回よい走りをしていてリレー巧者だと思う。

なお静岡優勝の1年目、僕は他県チームとしてその長縄選手と対決し、ミスもあり静岡チームに優勝を持って行かれてしまった。そういう意味では僕も4連覇すべてに貢献していると言えなくもないけれど。。

過去3年、静岡男子は区間順位も常に1位を続けていたけれど、今年ついに1走で2位の継走となった。年々厳しい勝負になっている。1走トップを愛知県に譲った松澤さんは内心とても悔しがっているはずである。

さてかく言う僕と言えば、大きなミスはなく無難な走り。よく知っている場所でのレースだったけど積雪でいつもと違った光景に見えて慎重になったのがよかったか。大島のレポートでも書いたけれど、やはりオリエンテーリングはランニングの力よりも、ナビゲーションの技よりも、それらをコントロールできるメンタルが一番大きなウエイトを占めているように思う。そのメンタルを作り上げるのは、しかしランニングやナビゲーションへの自信。どこが卵でどこが鶏なのか。いずれにしても日々の鍛錬があってこそなのは間違いない。

とにもかくにも今年最後のレースを終えた。秋以降酷使してきた身体は結構なダメージを負っている。30も半ばを過ぎると20代の頃のようにはさすがにいかなくなってきたか。筋肉や心肺など走ること以外の器官もいろいろと不具合が出てきたりもする(別に大病を患ったわけではないのでご心配なく)。ということでしばらくはリハビリの日々。来年の目標はどうしようか。年末ゆっくり考えよう。

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2014.11.25

ジオパーク伊豆大島オリエンテーリング大会

伊豆大島でのオリエンテーリング大会へ出かけた勤労感謝の連休。ロゲイニングの運営でここ数年お世話になっている大島を走れるということで楽しみなレースであった。三原山や裏砂漠はずいぶんと見てきているので風景に対する感動は初見の人ほどではなくなっているけれど、ここが最新のオリエンテーリングマップになった!という感動は一入であった。

そんな気持ちとは裏腹にここ最近のハードワークもあってかコンディションはあまりよくなく、また久しぶりに選手権ではないレースに参加ということで、大島でのオリエンテーリングを気楽に楽しむことに。1日目の前半までは調子ももったけれど、後半は集中力がすっかり切れてしまった。2日目はペースアップすることよりも、ミスの少ない気持ちのよいレースをしようと思うものの、やっぱりふと気が抜けてしまう瞬間があり、まったく冴えない結果になってしまった。

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▲1日目のコース

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▲2日目のコース

特に疲れてくると身体をコントロールすることが難しい。「ここでちゃんと方向をチェックしなくちゃ」とか、「この人たち違う方向に向かってるよね」とか頭では気づきはするけれども、スピードを上げ直すのが辛いのでペースを緩めてちょっと考えようという動作をしなくなってしまう。そのままふらふらと入って行ったり、人についていってドツボにはまる。余所ならなそれでもなんとかなるけど、ここではだめ。オリエンテーリングは速く走れるかどうかを競うスポーツであると同時に、遅く走れる(止まれる)かどうかを競うスポーツでもあることを改めて実感したコースであった。こういうダメなときには自分が苦手とするスキルも顕著に分かるので収穫は色々とあった。

さて今回一番のお楽しみにしていたロゲ運営でお世話になっている朝海館さんへの宿泊は急きょ変更で別の宿になってしまったけど、岡田港ちかくの海沿いのお宿も港町の風情がり、美味しいご飯もいただけ大満足。大島のお宿はどこも地のものを使ったおいしい料理がたくさん出てくるので満足度高し。

そしてこの2日間で一番嬉しかったのは、お世話になっている大島の人に「やっと小泉さんに大島を走ってもらえて嬉しいです」と言われたことであった。自分の仕事にやりがいを感じる瞬間であった。良い結果でお応えできれば一番よかったけど。また来ます!

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▲夕飯

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▲港の猫ズ

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2014.11.18

フォトロゲイニングNIPPON 島田2014

フォトロゲイニングNIPPON、今年の第3戦、島田大会へ参加。チームメイトはなんとこの夏TJARを3連覇した望月将悟さん。いつもチームを組む柳下さんと対決したい、そして将悟さんと組ませてもらえれば勝つチャンスも大きい!ということで、ゆかりのある大井川沿いで開催される島田フォトロゲでチーム奥大井を組むことになった。

柳下さんは市岡さんとのMASE+Aチーム。体力面ではこの2人はほぼ同じくらい、きっと僕もよく知るいつもの柳下さんのペースで回って来るだろう。一方、将悟さんは柳下さんが引きずられるレベルなので一段階上。ロゲの戦略面では柳下さんが一枚上手、細かなナビゲーションでは柳下さんと僕はほぼ同等。そして両チームの対決に割って入りそうな君と僕の田中・谷川ペア。体力、ナビともやはり同等で、かつ粘り強いチームなので同じ回り方になった時は特に注意が必要となりそう。ともかく僕が将悟さんのペースに付いていければ1つ抜け出られる。そして僕が苦しくなるのは3時間目。そこが勝負所!と覚悟して臨んだレース。

地図をもらって作戦タイム。大きく範囲が変わる(南へ行くか)と踏んでいたのに意外や8割方同じ範囲。何気にわが町、川根本町内にもポイントがあるのは嬉しかった。まずは2人でそれぞれ作戦を考える。

エリアはざっと5つ。川根本町内の一番北の塊、最南端の塊、西の山、そして中央部に2つ、笹間渡から地名にかけての左岸側と抜里の右岸側。抜里周辺は得点も低く、1つ1つは近そうに見えるが地図上の道しか使ってはいけないルールなので意外と距離があり効率が悪い。昨年もあった59方面、ここはこのうねうねとした道が長く険しいため無理していく必要はない。ピストンが必要な67と43がいやらしい。思いのほか時間がかかるようならば行って損する結果になる可能性はあった。逆を言えばそれ以外の部分は取りこぼしたくない。他を回って後半の時間を見て43方面へ行けるかどうか決めるのが一番よい作戦だろう。

ただ前半に険しい部分をこなし、後半は時間の読める範囲を攻めるのがセオリー。まず西の山を攻めて北に上がり、大井川左岸を下ってくるというプラン。多分柳下さんたちはそれだろうと思う。そして将悟さんは逆まわりを提案してくるのではないかとも思う。果たしてその通りであった。彼の感覚ではこのくらいの山では後半の疲れなど関係ない。60の山まで上がってそこで時間見て34や42へ行けるかどうか決めましょう、という話になった。そう、それがベストのプランなのだ。勝つためには賭けにでなければならない。どこまで行けるかわからないけど、将悟さんの力を借りてなすぞ打帝!と覚悟を決める。

スタート直後、ライバルチームが西へ進むのを見る。将悟さんが「右行け、右」「よし右行った」「運命の分かれ道になりましたね」と言葉を続ける。楽しんでいるのが分かり一安心。実はほとんど絡んだことのない2人、どんな会話をしようかとレースのこと以上にそっちが気になっていたりもした。序盤、仕事のことやトレーニングのことなどを少しお話し。だけど会話らしい会話はそんな程度か。まぁこれはどの人と組んでも同じことで段々真剣モードになっていき必要最小限の会話に留まるものだ。

しかし振り返ってみると序盤いくつか細かな判断ミスをしている。主にルートチョイスに関わることで7、9まわりで無駄なルートを通っている。道をよく知っていることが仇となった。ホームであるが故のデメリットか。一方でホームであるが故の望月選手大人気ぶりは想像以上であった。

なんだかんだでペースは変わらずほぼ時速12キロで2時間経過。後半に山があるのでさすがにちょっとペースは落ちるだろうから55キロ前後で勝負は決まり、55キロを越えることができれば勝ちだろうと見積もる。身体は持つか、、?苦しい時間の始まりを山の上近くで迎えられればなんとなかなるはず。だからこそ楽な今のうちにペースアップを図りたい。と思った矢先、24を取って地名トンネルを北上しているときに将悟さんがペースアップ、キロ3分近かった。コンクリートの下りで筋肉へのダメージも大きく、これは後で来る。「待って~」と言えればよかったけれど、先のプランのこととやっぱりどこかかに遠慮があって言い出せなかった。

ちょうど半分の折り返しが31のユースホステル。脱出でMASE+A、少し遅れて君と僕、レース運びはほぼ同じだろう。後半で勝負が決まるのは確実。ペースは変わらずどんどん北上し、折り返して右岸を下る。3時間目でちょうど山の登り口。しかしここでがくんと来る。ああ、がんばらなきゃ、という気持ちはあるものの体がまったく言うことを聞いてくれない。将悟さんの得意な道でまさに足を引っ張るかのようにペースダウン。なんとかキロ8で持ちこたえるも40を過ぎたところでさらに動かなくなり、口に入れたものを吐き出す始末。ここまでやられたのは初めてかも。

結局60までの登りはほとんど歩きでキロ10分程度、登り口から50分近くかかる。さらに60の展望台の階段で両足痙攣となり5分ちかく動けない状態に。さらにさらに留まっていたのが災いしてか低体温のような全身痙攣を覚える始末。あぁ、情けなすぎる。申し訳なさすぎる。ここで残り1時間、会場へ戻るだけしか選択肢はなくなる。エースを敗戦処理登板させるかのような申し訳ない気持ちでいっぱいに。

しかし将悟さんが水飲み場を見つけてくれ、食べ物を流し込むことができやや復活。下りはなんとかペースを戻せる。頭も戻ってきたので元気だったらどのくらい行けただろうと計算もする。67はどう考えても無理。34と43両方を行くのはさすがに将悟さんのペースでも厳しくないか?いや、彼なら行けてしまうのかも。しかしライバルチームには難しいはず。34の方が距離はあるが登りは少ない。どっちを行っただろう。いや、どちらも捨てて6、12、8、4、10、3と街中を攻めるほうがお得か。しかしそう考えると序盤に7ではなく10を取っておくべきだったか。そもそも街エリアで最後に時間調整するなら東から入ったほうが効率がよいからやはり最初に西に行くのが正解だったか。いやいやそれはあくまで常識の範囲。常識外れの将悟さんのペースならそんな作戦も無意味になるはずだったのに。

とかなんとか考えているうちに5分残しでフィニッシュ。しばらくしてライバルチームも戻ってくる。様子を聞くと思ったよりも接戦で、チーム奥大井は3位であった。望月ファンからの冷たい視線を勝手に感じてしまう勢いだったが、当の本人はとても楽しかったと言ってくれたのが唯一の救いであった。付き合っていただいだ将悟さんには本当に感謝感謝。チーム奥大井再結成を目標に、体力はもちろん、相手が誰であれ遠慮なく弱音も吐けるメンタルの強さ(なんか矛盾しているけど!)も身につけるべく精進したい。

しかし今年はシーズン初めからどんなレースでも3時間目でガクンとくる症状が出てしまい最後まで対応できなかった。それ以前はもうちょっと粘れていたのになぜなのだろう。原因としては次の4つくらいが考えられる。①トレーニングの内容、②ペース配分、③補給の仕方、④体質。

①と②は関連していて、90分間ガツンと走れるようになるトレーニングを重視していた。頭からハイペースで入る走りをしているため長い時間動くことに体と頭が慣れていないというのがあるだろう。だけど一方で長時間のトレーニングしなくても最後まで走り切れる人も多い。そう考えると補給の仕方が上手ではないのかも。将悟さんでも柳下さんでも、一緒に走っていてもいつ補給をしているのかわからないけど、でも確実の補給をしている。かつその1回ごとの補給量はあまり多くもない。どういう補給をすれば身体が持つか、自分の体質をよく理解しているのだろう。装備の詰め方を含めて、その点で僕はまだまだのように思う。

とにもかくにもこんなに素晴らしい機会をいただけたみなさんにあらためて感謝!

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1時間目 積算12km 12km/h 65pt/h
2時間目 積算24km 12km/h 158pt/h
折り返し 積算30km(31番)
3時間目 積算36km 12km/h 223pt/h
4時間目 積算42km 6km/h 100pt/h
ゴール  積算52.6km 11km/h 58pt/h
全体(4:54:47 658pt) 10.6km/h、132.6pt/h

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2014.11.10

全日本選手権2014 ミドル・ディスタンス

今シーズン2つめの全日本選手権は埼玉県でミドルディスタンス。

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請け負っている朝霧ロゲイニングの開催日でもあったけれど、選手としての活動を優先させてもらい出場。設置や土曜のイベントを運営して朝霧から会場入り。先月のスプリントの選手権以降、調子がいまいちよくなく正直どのくらいのパフォーマンスが出せるかと心配もしたがウォーミングアップを始めるとそんな不安もあまり気にならず。現状を把握して心技体問わずそのときのベストコンディションへ持っていく、調整の仕方はうまくなった。

かつては月に何キロ走り込む、事前に地図対策もしっかりする、睡眠時間もしっかりとって、当日の行動をマニュアルのように計画し、そしてそれの通りにすることに集中し、それができれば自信を持てるが、そうできなければ今日はもうだめと諦めムードに入っていたけれど、今はどんな状況でもそこそこのパフォーマンスは出せる自信がある。年の功というやつか。

だけどそこそこのパフォーマンスではやはりいけないのである。今回も2位となってしまった。これで全日本個人戦は5戦連続の銀メダル。こうなったら連続銀メダルのギネス記録でも狙おうかと思ってきさえする。しかし毎回違う選手に負けているのも悔しい。もっと鍛錬しなくちゃいけない。

だけど今回は2位にもなれなかっただろう、というのがフィニッシュ直後の印象だった。1番、4番と精細に欠くナビゲーション、9番では地図を読み違えルートミス。これらを抑えても優勝の寺垣内選手には秒差で負けていたかもしれない。しかし他の選手の出来もイマイチすぎる。ただ夏の世界戦に出る選手にとっては晩秋の大会で照準を合わせるのは難しいのもわかる。

しっかりとトレーニングを積みたい(あるいは身体を休めたい)時期に全日本選手権がパラパラとやってくるのが現状。ターゲットから外す(とりあえず出るだけ)、出場しないという選手も出てくる。そうすると選手のモチベーションや大会のステータスも下がってしまう。大会の演出が良いこと悪いこと以上に、選手同士の緊張感が欠けてしまっている現状が一番問題だと思う。全日本の開催時期やあり方については”強化”を見据えるならば見直すべきだと思う。

わがままを聞いてくれた朝霧ロゲのスタッフの皆さんと、留守を守るタミと、よい子にしていた我が子、そして育児に奮闘する妻に感謝。次こそはよい土産を持ち帰りたい。

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2014.10.30

ANP記念大会 アフタートーク

さて、すっかり時間が経ってしまったが先日の朝霧ナヴィゲーションパーク(ANP)記念大会についてはスプリントの記事でも触れたとおり。1日目のスプリントが終わった後は2日目ロングの運営者となり、慌ただしく動いた。ん?、というほど慌ただしくもなかったか。これもサポートしてくれた朝霧野外活動センターや静岡県オリエンテーリング協会、静岡OLCの皆さん、そしてコントローラー様のおかげです。

ここで大会の苦労話を語る気はさらさらなく、今回のレースで試みた3つのことについて触れておきたいと思う。

1つは地図について。ロングディスタンスレースなので上級クラスや若いクラスは1:15000の縮尺で、それ以外のくらいは1:10000の縮尺で、というのは通常通りであったが、調査を進めるうちにマッパーの西村君から等高線間隔を5mから2.5mに変更してはどうかという提案があった。僕は事前にテレイン全体を見ているので、それではちょっと表現が厳しいところもあるのではないかと不安になるところもあったが、彼はうまく作図をするというので、その提案を後押しした。これについては賛否両論あろうけど、趣旨としては西村君がfaceboookに載せたコメントやそれに対する鹿島田さんのコメントそのままであるのでそちらを見ていただきたい。

ちなみに僕が関わるレースではなるべくウォーミングアップマップを用意するようにしている。これも世界で戦う上でウォーミングアップマップを有効に活用する術を身に付けてもらいたいという願いからである。

2つめはスタートリストについて。今回は最上位クラスのME/WEクラスにおいてシード制を利用しなかった。全日本選手権ではないローカル大会だからというのもあったが、なにより一般的なシード制に対して本当に公平性が保たれるのかという疑問もあったからだ。

その一般的なシード制というのは、ランキング上位者や日本代表選手などは一定の間隔を開けてスタートさせるというものである。この場合はたしかに上位選手同士は干渉し合わない。優勝候補のA選手とやはり有力なB選手が途中で一緒になり、ペースアップ、結局彼らが1-2フィニッシュ、というのは一見すると不公平ではある。しかし一般的なシード制を取った場合に有力選手の間に挟まれた選手たちが有利になるということはないだろうか?むしろ実力では確実に劣るC選手がA選手と一緒になることで実力以上の結果を残せることのほうが不公平にも思える。そもそもオリエンテーリングは自分でナビゲーションするスポーツであり、故意の追走は禁止行為ではあるけれど、しかしそうは言ってもたまたま前に選手がいれば、その影響は少なからず受けてしまうものである。

ところで国際レースでは選手登録の際にearly、middle、lateの枠を選択することになっている。例えば1チーム3人しか出られないレースの場合は、それぞれの枠に1人ずつ、5人の場合は1-2-2か2-1-2か2-2-1か、3枠ができるだけ均一になるように割り当てる。運営側は、この3枠の中でランダムなスタート順を振りスタートリストを作成する。選手のタイプによって例外はあるが、オリエンテーリングはやはり後半にスタートしたほうが若干の有利さがあるのは暗黙の了解。それは同タイム同着の場合は先にスタートした選手の名前を上に書くというルールが物語っているだろう。なので有力選手は後半スタートを選びたがるし(何度も言うがそうじゃない選手もいる)、チーム内での決定権も強いのでそれが実行に移されることが多く、有力選手が終盤に集中する。予選決勝方式の決勝の場合は、当然有力選手が最後に固まる。有力選手がフィニッシュするころには、めまぐるしくトップタイムが入れ替わるエキサイティングな展開が見られる。

そして世界の舞台では自分より速いか、最低でも自分と同じくらいのレベルの選手と常に接近し勝負をしなくてはならない。日本では3分前の選手に追いついても(追いつかれても)、すぐにいなくなるので気にしなくてもよいだろう。しかし国際レースではそうはいかない。なかなか離れてくれない、お互いつるむつもりはないのに最後まで一緒に走り続ける、ということもままある。そもそも3分も時間差があるのだから、他の選手に会ってしまうようなレースをしているうちはまだまだである。

日本のレースでも上位選手を離すのではなく、あえてくっつけることによって、同じ実力の選手同士が競い合う、よりシビアなレース環境を作るべきではないだろうか。と、ここまで偉そうに書いてきたが、この話はカザフスタンで尾崎選手との会話の中で出てきたことである。なるほど、これまでなんとなく慣例でやってきたシード制だけど、それもそうだな、と。さすがスウェーデンで1年過ごしただけのことはある。実力を上げたこと以上に、ワールドスタンダードな視点を持って日本のオリエンテーリングを変えていける選手になってきたなと思った。そんなこともあり、今回は独自基準でe、m、lの割り振りを行い、その中でランダムにスタートリストを作成してみた。

ちなみにこのスタートリストはもう1つの効果をもたらした。それは撤収時間が早まったということにある。有力選手が後半にスタートするということは、言い方は悪いが有力ではない選手は前半にスタートするので、彼らは競技時間いっぱいかかってしまったとしてもまだお昼すぎ。後半の選手はきっちり優勝設定時間+数分のタイムで帰ってきてくれるのでフィニッシュ閉鎖時刻を過ぎても帰ってこないなんていう事態にはなりにくい。このスタートリストは演出面でも安全面でもよい効果があるように感じる。

3つめは開催形態について。これは僕が推進したわけではないけれど。今回、朝霧野活動センターの皆さんは大いにご協力いただいた。その理由は同センターがANP構想の企画者であり、本大会の共催者であったから。

通常ならオリエンテーリング愛好者が大会を開催する場合、これらの施設を”貸していただく”立場であり、施設の通常の利用範囲の中で運営のやりくりをするものだけど、今回は積極的に彼らも運営に携わっていただき、施設や資材の利用だけではなく、当日のスタッフにも加わっていただいた。オリエンテーリングの人間の側からすれば、野外活動のプロたちと一緒にやれるということは万が一のときに大変心強いし、また施設での長年の活動実績もあるので地元との交渉も安心していられるというメリットがある。彼らにしたら、新しい野外活動の形態を知るチャンスであり、なにより施設の有効活用を促進するという使命を達成することもできる。

世界に挑むための環境(意識)づくりと、よりエキサイティングなチャンス、そして持続的に楽しむための解決策。今後もオリエンテーリングを追及していきたい。

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ウイニングタイムは過去の富士山麓での大会を参考に割り出した。男子は全年齢の感覚をだいたい掴んできた。しかし女子は大会によってばらつきもあり、まだ難しい。やはり母数が増えないと。男女とも20Aクラスのペースが想定より速いのは嬉しい傾向だろう。

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2014.10.21

全日本選手権2014 スプリント・ディスタンス

今年度最初の全日本選手権、スプリントディスタンスが終了した。このレースは朝霧ナヴィゲーションパーク記念大会として、1日目にスプリント選手権、2日目のロングディスタンスのJOA公認レースが開催された。

朝霧ナヴィゲーションパークとは、当地にある朝霧野外活動センターがロゲイニング、クイックOなど各種ナヴィゲーションスポーツを実施してきた経験を糧に2013年より「朝霧高原ナヴィゲーションパーク構想」を企画、各種ナヴィゲーションスポーツイベントを提供すると同時に、同センターのプログラムとしてもこれらの ナヴィゲーションスポーツを普及・展開していく構想を広く世の中に広めるために企画された大会である。僕自身もここ数年ロゲイニング運営に携わらせてもらっており、この大会の2日目のロングディスタンスは競技責任者・コースプランナーとして関わっている。

当然スプリント選手権も運営をしないかという声はいただいたけれど、昨年2位に終わり、また唯一取れていないスプリントの日本選手権をどうしても取っておきたくて、職場の1つであると言っても過言ではないこのホームテレインであればこれまで以上に勝機もあるだろう、なによりいつもお世話になっている朝霧野外活動センターの人たちに僕が走って勝つところをお見せしたいという想いから、2日間大会の運営をずいぶん非効率にさせることも承知しつつ、無理を言って走らせてもらうことにした。

とは言え若手選手がグイグイ伸びてくるスプリント選手権に勝てるという保証はあまりない。シーズンを通して一通りの準備はしてきたが、秋になるまで勝てるという自信はなかった。しかしアジア選手権のスプリントスプリントリレーにて思いのほかよいパフォーマンスが出せたことで自信をもち、今年はやはり最大のチャンスと思えるようになった。

そうなってくると懸案なのは1週間前のハセツネ。ロングの選手権が翌週に控えていれば今年もハセツネをスキップしただろうが、スプリントである。けがにならないよう気を付ければ支障はないだろうと思いエントリーしたものの、果たしてどうだろうかという不安がハセツネ前には高まった。ハセツネの翌日はやはり出るべきではなかったかと後悔するレベルの筋肉痛であったが、2日目の夜に回復の兆しを感じる。この感覚であれば翌週には3kmフルスピードで走れるようになるだろうと経験的にわかり、これはとてもエキサイティングな挑戦になるぞとさえ思えた。

むしろスプリント翌日のロングレースの設置を1人で行う計画を立てたことをやや不安に思うが、冷静に計算をする。66コントロールを2日に分けて行うので、1日33個。4時間ずつ動くとして1時間8個つければよいのでそれはとってもイージーなオリエンテーリングで済むじゃないか。ハセツネにしても、これにしても、若い時分ならとてもベストコンディションに持っていけないとその時点で負けを決めつけていただろうが、自分の身体をよくわかってきたというのか、経験があらゆる問題を解決してくれるようになったのか、自分でもずいぶん人が変わったなと思う。

そして迎えたレース。秋晴れのよい天気。予選もいつもどおりしっかりと走りトップで通過。まだまだペースは上げられるという余裕もあり、個人的にはとてもよい気分で決勝を迎えられた。ここでも一昔前なら、結果を出すことに意識を持っていかれ、十分なパフォーマンスを出せないまま終わっただろうが、とてもよく集中できていたと思う。

決勝。順調に序盤をこなし森の中へと入っていく7番コントロールの脱出でヤブが右目がこする。あっ、と瞬いた刹那、コンタクトが外れる。しまった、と思う。だけど右目は視力がよいほうだ、大丈夫だと言い聞かせる。実際、ルート取りや走りに問題はなく進める。

地図交換でリードしているという声を聞く。直後の17-18でルートチョイスを誤る(誤ったと気づいたのはゴール後)。前を走る選手の姿が目に入りベストルートを決めるという判断ができず後追いしてしまう。しかし再び1人旅になり、リズムを立て直し走り続けられる。

ラストコントロールが目に入る。観客の中から「来た」という声が聞こえる。まだチャンスはあるのか、フィニッシュまで全速力で走る。一瞬の静寂、そして拍手が沸き起こる。ただしその音は自分の方には向けられていないように感じる。速報画面を見ようと振り向いたより先に谷川が喜ぶ声が耳に入り、敗北を悟る。

10秒差。タイムだけなら昨年よりさらに3秒の差が開いてしまったのだから完敗。ルートチョイスをミスらなければ、コンタクトが外れなければ、体調をもっと整えていれば、そんな話をするのはまったく無意味。なぜいつもつけているアイグラスをこの日に限ってつけなかったのか、なぜ自分でルートを選ぶという行為を徹底できなかったのか、ただただ自分のここ一番での至らなさが残念で仕方ない。

これで全日本選手権は4レース連続で銀メダルとなってしまった。もう銀メダルはいらない。男子選手の誰かが全日本の金メダルを4つとも揃えてしまった瞬間、スプリントへのモチベーションは消え去ってしまうだろう。しかしチャンスが残っている限り、その栄光を目指したい。

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2014.10.16

第22回日本山岳耐久レース ハセツネ2014

ハセツネのことを知ったのは2003年、当時クラブの先輩だった高橋善徳さんが出場し入賞、たくさんの賞品をもらってきて、それをクラブの後輩である僕たちに配ってくれたときだった。最近は長谷川恒夫カップを略してハセツネというのが一般的だけど、当時は山岳耐久レース、山耐と呼ぶほうが一般的だったように思う。

今でこそ100マイルレースも当たり前の世の中だが、当時はそんなのは本当に一部の奇人変人的な人がやるもので(失礼)、当時まだフルマラソンも満足に走り切れなかった僕にとって、山の中を70キロ以上走るというのは信じがたい話であった。ただ「小泉も出てみたらいいよ」という善徳さんの言葉が、いつかは出なきゃいけないという意味に変わりずっと心に刺さっていた。その後なかなかタイミングが合わずに来ていたが、今年はタイミング良く(いや、結構強行出場だった気もするが)一念発起でエントリーしたのだった。

だけど正直なところそこまでしっかりとレースに合わせて準備ができた訳ではない。AsOCから1か月後のレースで長距離に慣れる練習はほとんどできず。スピードトレーニングはしっかりとやったけれど、やはり距離に不安がある身としては(ロゲイニングでも4時間過ぎたあたりでフラフラし始める)それを自信に変えることはできなかった。

試走に行くチャンスもなかったが、醍醐丸までと大岳から先は行ったことがあったのでなんとかなろうと楽観的に。三頭山がきついという話をよく聞くので、同じようなプロフィールを持った近所の山を夏の間に何度か走りシミュレーション。カザフスタンから帰ってきて新調したいくつかのギアに慣れるためにもナイトランの練習を2回ほど。それぞれ4時間程度。これでうまくいけば楽なもんだが、やっぱりそこまで甘くはなかったか。弁明をし始めればキリがないのでそんなところで。

目標は9-10時間。過去の知人たちの記録を見ているとそのくらいは行ける(そのくらいは出せないといけない)んじゃないかという程度のあまり根拠のない理由。2003年に善徳さんが出した9時間9分を超えられればハッピーだなぁ。でもよく考えたら当時の彼より僕は10歳以上も年上だ。新進気鋭の若手有望選手と勝負をするかのような気持ちになって不思議だった。僕の距離適性を考えればどんなにゆっくり入っても途中で辛い時間帯がやってくるのは間違いないので、第一関門浅間峠まではやや速めのペースで入り、第二関門月夜見までが耐える区間、それ以降は未知の世界で出たとこ勝負という展開で勝負。

レース直前の体調は咳が残ったがあとはほぼ万全。数日前からパスタなど炭水化物多めになるようには心がけた。前夜は近くのホテルを取る。思ったより興奮があったが移動の疲れもあってかぐっすり眠られた。

会場では受付だけ済まして駐車場に停めた車で準備、スタート直前に再び会場へ行った。会場に行けば知り合いにあってお話しすることもあるだろうけど、そんな会話に使うエネルギーさえ惜しみたい気分であった。スタートの位置取りが重要と聞いていたが、そもそもどんな風にスタートしていくのか分からない。何人かの知人を見つけて前へ前へと連れて行ってもらう。

スタート直後はペースが速い。だけどめちゃくちゃ速いってわけでもなく、ちょっとずつ前へ出られた。今熊神社からは周りのペースがさらに落ちる。今のペースがよいのかよく分からない。自分が走りやすいペースより1割ちょっと落とした感じで走ってみようと思う。円井さんがいる。彼の目標は8時間20分だと知っていた。彼より前に出てしまって大丈夫だろうかと思うが、調子のよいうちに稼いでおきたいと思い自分のペースで行く。

浅間峠までは走りやすかったがずいぶん長く感じた。特に初めての区間はずいぶん長く感じてしまう。浅間峠を2時間47分。このペースなら9時間ちょっとで行けるはずで、体にもまだ余裕があったので思ったよりよい記録が出せるかもなんて淡い期待を抱いたのも束の間、3時間を過ぎたあたりでガクッときて両足がぴくぴくと痙攣し始める。まぁここまでが僕の得意の時間帯でこの先が苦手な時間帯。予想通りではあったけれど悲しい。

丸山から西口峠あたりでどんどんと追い抜かれていく。三頭山の登り始めまでは回復区間だと我慢してゆっくり進む。ここまでに回復はしたかもしれないが、三頭山の登りは結局ペースを上げられず遅速区間はさらに伸びてしまう。激登りが遅いのも分かっていたことで、ここも割り切ってライトの準備をしつつ、歩きながら登る。途中で優勝した金髪の女子選手に抜かれる。ありゃりゃ。

三頭山を登り切ったころにはなんとなく体調が戻る。下りでペースを上げられる。テクニカルな部分では前の選手と差を詰め、譲ってもらうこともあれば、さらに速い選手に抜かれることもあった。月夜見の関門で水を給水。フラスクにジェルを詰めたりして合計で6分ちょっと滞留。身体が一気に冷えており、動き始めると風にさらされ全身が震える。

すっかり脂肪燃焼に切り替わりエネルギー切れの心配はなくなった気はするが筋肉へのダメージは大きく、結局御前山の登りもまったくペースを上げられず。後から再び女性の声。今度は日本語のようだ。ここは踏ん張りたい。御前山の下りは得意な路面でペースアップ。しかし女性の息遣いは離れたと思ったらまた聞こえてきて離せずじまい。大岳の登りでこらえきれず道を譲る。あれが福田さんだと知っていればもうちょっと気合が入ったかもしれんのに。残念。

この先はよく知っている区間。長尾平の第三関門を抜け元気も出てくる。だけど頑張って走っているつもりがペースは上がらず。金比羅尾根で3人に抜かれる。いつもはあっという間に終わる金比羅尾根がずいぶん長く感じる。だけどもうすぐもうすぐという気持ちもあってペースを落とすことはなく、淡々と走り切った。

タイムは9時間47分。これまで走った友人知人たちのタイムと比べれば可もなく不可もないタイムであったが、しかし完走もできないんじゃないかと思っていた僕にとっては上出来なタイムだと思う。何事も1回目からベストパフォーマンスが出せるような天才肌ではないのだし。フィニッシュ直後はもういいや、これで十分と思っていたけど、今となってはあそこでああしていればもっとよいタイムが出せるのではないかと考えてしまっている自分がちょっと信じられない。

レース前の準備
・朝食はホテルの朝食を普通に
・スタート2時間前におにぎり1個とウィダーイン1個
・スタート1時間前にウィダーイン1個
・スタート30分前にパワーバー1本

バックパックほか
・MOUNTAIN HARD WEAR フリューイッドレースベストパック
 600mlのフラスクと500mlのソフトフラスク装着
・Inov-8 Race Ultra 1 SS14
 500mlのフラスク2個装着
・サバイバルシート 1枚
・マイクロレーサー(コンパス) 1個
・コース地図 1枚

ウェア
・noname O-TOPとTerminator
・on・yo・neインナー 
・CW-X 七分丈タイツ
・noname キャンプジャケット(アウター)
 使わず

シューズ
・Inov8 X-TALON 190
 ちょっと衝撃が強すぎたか筋肉へのダメージが大きかった。もうワンランクソフトなシューズの方がよいかも。

靴下
・どこかで頂いたアルパカ靴下

テープ
・ニューハレ Vテープ両ひざ
・ニューハレ Xテープ足首
・キネシオテープ ハム、ふくらはぎ

ヘッドライト
・ジェントス ヘッドウォーズ888

ハンドライト
・ジェントスSG-325 閃
 下りと霧の中で利用

飲み物 約150Kcal
・OS-1 1.6L(500~600mlのフラスクに3本)
 15分ごとに1口、30分ごとに2口、1時間ごとにぐびぐび。
 月夜見までに1.2L程度消費。
・月夜見で1.3Lの水補給。
 最後は400mlくらいは余っていたか。

食べ物
・ショッツ 13袋→0袋 約1500Kcal
 ソフトフラスクに8袋分入れ、水200mlで約半分に割る
 30分に1回程度補給。三頭山下りで飲みきる。
 月夜見で5袋補充し、水を250ml入れてもらい割る。
 その後も30分に1回程度補給。長尾平で飲みきる。

・パワージェル 4袋→3袋 約120kcal
 1袋を日の出山頂で摂取。

・スポーツようかん 5本→3本 約240kcal
 2時間、6時間(月夜見)で1本ずつ摂取

・パワーバー 2本→1本 約200kcal
 4時間(三頭山登り始め)で1本捕食

・アミノバイタル 2本→0本
  2回摂取 4時間 7時間?で1袋ずつ

・ZEN 15粒→6粒
  3回摂取。1時間 3時間 6時間?で3粒ずつ

・大島の塩(1g) 4袋→2袋
 月夜見で1袋、御前山で1袋
  
・大福 1個→1個
 帰宅後に妻のおやつに

約4200Kcalの補給。アンビット2で取ったデータでは約5700Kcal消費している。消費量は正しくない可能性もあるがおよそ1500Kcalは体の蓄えを利用したものを考えられる。もうちょっとしっかり食べたほうがよかったか。3~6時間くらいは胃がジェルを受け付けにくく苦行だった。6時間以降は受け入れる。もはや気持ち悪い感覚もなくなっていたのかも。

レース後のダメージ
膝まわり、特に大腿部に強い筋肉痛が残る。ふくらはぎも痙攣の影響で固まっている。肩も固い。足裏含めた皮膚には問題なし。レース後は味覚が乏しかったが24時間程度で回復、36時間後には食欲も復活。

sその他
アンビット2で取ったGPSデータを見ると距離がずいぶん短く出ている。平面距離を測っているからだろうか。ペースもこの値が基になっていると考えるとキロ9分しか出ていないと思っていた区間も実際はもうちょっと速いペースで走れていたことになる。ペース配分と栄養補給を改善するだけでももっとよいタイムが出せそうだ。
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2014.10.10

AcOC2014手記より その5

21日 ミックス・スプリントリレー
今年の大会から始まったスプリントリレー。女男男女の順。Aチームは山本谷川尾崎加納、Bチームは新井長縄小泉寺嶋の順。代表選手ではない寺嶋さんに入ってもらいなんとかチームが組める状況であったが、さらにこの日の朝に新井選手の体調がだいぶ悪いとのこと。風邪かと思ったが、どうやらもっと症状が悪いよう。自分たちの準備もあり、詳しい状況が分からないが本人は走る気でいるようなので、とにかくどんな状況でもしっかり走るつもりで進める。

この2日間に比べればだいぶ暖かい気温に戻る。体もよく動く。疲れはあるがたかが3km、しかも明日はレースがないのだから、押せるだろう。新井選手は相当悪そうだ。正直走らせなくてもよいのではと思ったがチームとしては2チーム出すということを優先したようだ。選手としては出番があるならしっかり走るしかない。

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▲スプリントリレーのコース

レース展開はすでに個人レースと変わらぬ展開となった。1人旅、コースも難しくはないし、とにかく押して押して走るだけ。気持ちのよいレースであったし、タイムもよかった。これが最後だとしても気持ち悪くはないだろう。これからはそういう気持ちで走ることが増えるのかもしれない。

Aチームは最後に中国に刺される。加納さんは2日連続最後に中国に刺されてしまった。同じ負け方はさぞ悔しいだろう。

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▲36歳にしてまさかの全レース出走

午後はのんびりできるスケジュール。だけどこんなところにいるのだからオリエンテーリングしないのはもったいない。初日に入ったテレインでリレートレーニングを何人かと。この速いペースでオリエンテーリングをした経験は特に若い選手にはよい糧になると思う。香港チームが来ているウェアに365ProTrainingという文字がプリントされていた。常にアスリートとして進化する気持ちを持ち続けることが大事。果たしで自分はどうなのか?

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▲閉幕を惜しむかのように最後の表彰式、閉会式と盛り上がる

夕方、大団円の表彰式からのバンケット。ビールはなく、ワインとウォッカ。しかも国ごとにテーブルは決まっておらず、韓国北朝鮮の人々が座るテーブルに。どんな緊張感が漂うのかと思ったらハングルで和気あいあいと語り合っている。お前は小泉だな、ロングで入賞していただろ、速いなと言ってもらう。でも小泉純一郎と関係があるのか、あるならば・・・、とドキっとさせるユーモアも。でも名前や顔を覚えてもらい、どんなオリエンテーリングをしているのかと聞かれるだけでもうれしいし、日本を代表する選手としてしっかり答えなくてはいけないという意識も芽生える。こういう場をもっと若い選手にたくさん経験してほしいと思う。

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▲ベテラン女子チャンピオンの植松さんは大人気

 バンケットはその後ディスコモードへ。運営者参加者入り乱れてのダンス。今回の大会の総責任者であるイリーナさん(女性)にダンスに誘われたのは嬉しかった。前回に引き続き、平和であることの幸せを感じ、そしてこの幸せが続くことを願う気持ちが高くなるバンケットであった。

22日 帰国の途へ
朝早く出て1週間過ごしたディスカバリーを出発。霧が出ており幻想的な中を走り出す。山に缶詰1週間、オリエンテーリング三昧、なんとも幸せな時間を過ごせた。

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▲朝もやの中を帰国の途へ

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▲雲海のような霧

バスはアスタナへ向かって南下。アスタナ空港は郊外にあるがバスは都心に向かって進む。90年代後半にアルマトイから遷都され新しい首都になったアスタナ。2017年には万博が開催されるとのことで建設ラッシュ。一昔前のお台場のような雰囲気だった。そしてバス運転手が気を利かせてくれたのかアスタナの名所っぽいところで少し休憩となった。アスタナタワーを中心に計画された都市。人工的という言葉がとてもよく似合う。懐かしさを覚えたのはきっとつくばの研究学園都市に似ているからだろう。

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▲計画都市アスタナ

空港についてから夕方の出発までは空港内でPCを開き、1週間ぶりのネット環境でメール処理など。帰りは一度アルマトイへ行き、そこから北京、成田。長い旅、ほとんど寝ていただろうか。楽しい遠征の終わり。次はどこに行けるか?

数年前までの遠征は、来年はどこを目指し、そのためにはそれまでに何をどれだけやらなきゃだめで、絶対そうしてやるという気持ちが沸々と湧き上がってきたものだが、今回の帰り道ではそういう気持ちがまったく湧き上がらなかった。もっとうまくなりたい、速くなりたいという気持ちがないわけではない。問題はそれを発揮する場所を見つけ出せないことにある。いずれにしても、これまでとは違う方向から違うやり方で、その場所を目指す時期に来ているのかもしれない。

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2014.10.09

AcOC2014手記より その4

19日 ミドル
明らかに風邪をひく。熱はないが心肺に違和感あり。疲れの影響もあろう。さらに外は雪が舞う極寒。日本の真冬。ウォーミングアップしても寒くつらい。

レースが始まれば体調は気にならない。しかしどこか不安があるのかスピードに対して自信が持てない。スピードを落とさなくてはいけない場面で突っ込んでしまいミス。ミドルでは致命傷。気持ちの良い森を走り抜けフィニッシュ。既にゴールしている尾崎やカザフの選手にも敵わず。

しかし尾崎は安定してパフォーマンスを出せるようになってきた。2年前に一緒に遠征したときに比べると見違えた。その年齢で日本のトップにいるのだから、あと10年、本気でやればもっと上を目指せるのではないかと思いつつ、そう思える選手はこれまでにも何人もいたなとも思う。ここから先にどうやっていくのか、それが問題なんだ。その壁を破れていない選手に留まっている身としては彼に大きなアドバイスができないのも悔しい。

夕方から気温が高くなり、体調も上向く。

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▲ミドルのコース

20日 リレー
勝負のリレー。Aチームは谷川-長縄-尾崎、Bチームは櫻本-小泉-寺垣内。Bチームは数年前の全日本リレー千葉県チームとまったく同じ。あの時も長縄との勝負だったな。

カザフに来てからのパフォーマンスではほぼ同程度の実力。我々にもチャンスはあるし、万が一の時には結果を出さなくてはいけないのだから気合は入る。むしろ他国のチームに負けてもメダルはもらえるかもしれないが、Aチームに負けたらどんな色のメダルももらえない。なかなかシビアな骨肉の争い。

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▲リレースタート前

1走でAチームやカザフから2分の遅れ。日本でのリレーなら2分差は返せるがカザフのテレインで彼ら相手にひっくり返すのは一筋縄ではいかない。一方、後続との差は大きい。この展開で2位狙いの走りをする意味はない。リスクを冒してペースを上げて背中が見える位置につけるしかない。が、すべては裏目に出てしまいミスを連発。リズムが悪いまま差を広げられてチェンジオーバー。

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▲リレーのコース

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▲リレーフィニッシュ直前

カザフもケガで大ブレーキ、Aチームだけを追いかける展開に。Aチームが失格になれば我々に優勝の可能性。しかしそれを願うのもおかしな話。結果的には1-2フィニッシュになったことを祝うしかない。

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▲栄光なき2位


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▲2大会ぶりに金メダルを奪回

ふと、自分が今後日本代表として走る機会はどれくらいあるのだろうかと思う。もしかしたら今回が最後になってしまう可能性だってある。今日のレースが最後なのだとしたらそれはとても気持ちが悪い。明日のスプリントリレーはBチーム。チーム目標は設定しづらい状況だが個人のレースとしては気持ちよく終わっておきたいと思い直す。

夜は松澤さんの誕生日祝い。そういえば10年前のこの日はスウェーデンでの世界選手権のバンケットで松澤さんのHBDを祝ったな。あれから10年か。

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2014.10.08

AcOC2014手記より その3

17日 ロング
今日は遅めのスタート時間。のんびり宿を出て大会バスでスタートへ向かうと既にスタートしているはずの選手たちがいる。別の宿舎から来るバスが故障していつ来られるかも分からないので、スタートが開始できない、という話。ほどなく選手は揃い、1時間遅れでスタートが始まるということに。カザフ時間。

結局山の中で長い時間を待つことになってしまったが、ウォーミングアップマップが利用できるということで初めてのロングテレインをじっくり観察する。森の様子はこれまでどおりとても走りやすく、この国には下草という言葉がないのではないかと思うレベル。ただ一昨日の地図にはなかった広い湿地が特徴的。見に行くとかなりのやぶ。北欧の湿地とも少し違う。その中を横切る道も不明瞭でたどりにくい。今日はきっと湿地を使ったルートチョイスがあるのだろう。①湿地は出来るだけ避ける、②切るときは最短で渡れるところを見出し思い切って切る、という方針に。

レースはまさに湿地を渡る課題ばかりのコース。②の方針を立てていたことが幸いした。多くの日本選手は①を重視して距離を増やしすぎたレースになってしまったようである。3つほどミスもあった。2つは自分でコントロールできる内容だっただけに少し悔しさも残してのフィニッシュ。よいタイムではあったが、ちょっと届かないかなとも思った。しかし最後まで走り切った。辛いときには家族の顔を思い出して追い込んだ。よくやったと思えた。

宿に戻って結果を知る。2位であった。1歩届かなかったか。しかしタイム差は4分半。ミスがなくても届かない。ソロキン選手の地力の方が高かった。アジアに新たなライバルを見つけ嬉しくなったのは意外な感情だった。なんとなくやり切ったという感情が出てしまった。

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▲ロングのコース

18日 レスト
朝、アジアミーティングで各国の協会幹部たちとの打ち合わせ。今後のアジアについて語り合う。初出場のイランのレポート、モンゴルやネパールなど中央アジアへの普及に積極的なカザフスタン、近くて遠い隣国の北朝鮮。そして韓国、台湾、中国、香港とお馴染みの面々。政治を抜きにオリエンテーリングのことを語れることに幸せを感じ、そして平和こそがオリエンテーリングやスポーツを楽しむのに一番重要な要素だと感じた。

香港からはアジアユース選手権とジュニアキャンプの提案。今年も大勢のジュニア選手を派遣した香港。テレインの環境面では日本のほうが恵まれているが、組織としての取り組みでは遅れを取っているのではないだろうか。世界チャンピオンが生まれる可能性は香港のほうが高いのかもしれない。

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▲アジアミーティング

ミーティングが終わり、大会主催の観光ツアーへ。出発の時間になりバスに乗って待つがなかなか出発せず1時間。おいおいどうなっているのと各国の人々もさすがに騒ぎ出す。通訳さんが到着せず待っているのだという。やっぱりカザフ時間。

やっと出発したツアー、到着したのは昨日のスタート地点。ブーイングが巻き起こる。しょうがないと降りて森に入ると昨日は気づかなかったが奇形な岩が並び、周りの山も美しいなかなかのビューポイントであった。その後国立公園内を1周して、森の中のサナトリウムへ帰ってくる。う~ん、この安価感。カザフに来て、いまだ街に足を踏み入れていない。午後はまったりとお休み。夕方ロングの表彰式。極寒の中をカザフ時間で待たされる。寒気を覚える。悔しさも覚える。

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▲いざツアーへ

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▲国立公園になっている名勝

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▲強敵ソロキンに及ばず

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▲日本のメダリストたち

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